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雲辺寺うんぺんじ
所在地 徳島県三好市池田町白地ノロウチ763-2
位置 テンプレート:ウィキ座標2段度分秒
山号 巨鼈山
宗派 真言宗御室派
本尊 千手観世音菩薩
創建年 延暦8年(789年
開基 (伝)空海(弘法大師)
正式名 巨鼈山 雲辺寺 千手院
札所等 四国八十八箇所66番
阿波秘境祖谷渓・大歩危七福神霊場(毘沙門天)
文化財 木造千手観音坐像ほか(国の重要文化財)

テンプレート:Commons

雲辺寺(うんぺんじ)は、徳島県三好市(旧池田町)白地ノロウチの雲辺寺山山頂に位置する真言宗御室派寺院である。巨鼈山(きょごうざん)、千手院(せんじゅいん)と号する。本尊は千手観世音菩薩四国八十八箇所の第六十六番札所、阿波秘境祖谷渓・大歩危七福神霊場めぐりの毘沙門天。八十八箇所中で最も標高が高い札所である。 

本尊真言:おん ばさらたらま きりく そわか

ご詠歌:はるばると 雲のほとりの 寺にきて つきひを今は ふもとにぞ見る

沿革 編集

寺伝によれば、延暦8年(789年)に佐伯真魚(後の空海・弘法大師)が善通寺建立のための木材を求めて雲辺寺山に登り、この地を霊山と感得し堂宇を建立したことを起源とする。空海はまた、大同2年(807年)には秘密灌頂の修法を行い、さらに弘仁9年(818年)に嵯峨天皇勅命を受けて本尊を刻んで、七仏供養を行ったという。後に「四国高野」と呼ばれ、僧侶の修業道場となり、清和天皇の勅願寺ともなった。

鎌倉時代には七堂伽藍が整えられ関所寺となった。天正5年(1577年土佐を統一し、四国制覇を狙う土佐の戦国大名長宗我部元親が雲辺寺を訪れ、住職の俊崇坊に四国統一の夢を語ったという。所在地は徳島県(阿波)であるが、四国八十八箇所霊場としては讃岐の札所として扱われている。昭和62年(1987年)には香川県観音寺市側の山麓と雲辺寺ロープウェイによって結ばれ、訪れやすい寺となった。

境内 編集

文化財 編集

重要文化財 編集

  • 木造千手観音坐像 - 平安時代後期、経尋作。作者は11番札所藤井寺の釈迦如来(寺伝薬師如来)像の作者と同じ。
  • 木造毘沙門天立像 - 寿永3年(1184年)作
  • 絹本著色聖衆来迎図

交通案内 編集

鉄道
バス
道路

前後の札所編集

四国八十八箇所
65 三角寺 --(18.1km)-- 66 雲辺寺 --(9.4km)-- 67 大興寺

奥の院 編集

長福寺
  • 所在地:徳島県三好市山城町大月297
  • 宗派:真言宗御室派
  • 本尊:薬師如来

参考文献編集

  • 四国八十八箇所霊場会編 『先達教典』 2006年
  • 宮崎建樹『四国遍路ひとり歩き同行二人』へんろ道保存協力会、1990年

外部リンク編集


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