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観音正寺
所在地 滋賀県近江八幡市安土町石寺2
位置 テンプレート:ウィキ座標2段度分秒
山号 繖山
宗派 天台宗
本尊 千手観音
創建年 伝・推古天皇13年(605年
開基 伝・聖徳太子
札所等 西国三十三箇所32番
文化財 千手観音立像(旧国重要文化財・1993年焼失)

観音正寺(かんのんしょうじ)は、滋賀県近江八幡市安土町にある天台宗寺院。山号は繖山(きぬがささん)。本尊は千手観音西国三十三箇所第32番札所である。

歴史 編集

琵琶湖の東岸、標高433メートルの繖山(きぬがさやま)の山頂近くに位置する。伝承によれば、推古天皇13年(605年)、聖徳太子がこの地を訪れ、自刻の千手観音を祀ったのに始まるという。聖徳太子はこの地を訪れた際に出会った「人魚」の願いにより一寺を建立したという。その人魚は、前世が漁師であり、殺生を業としていたために人魚に生まれ変わり苦しんでいたという。寺にはその人魚のミイラと称するものが伝えられていたが、平成5年(1993年)火災で焼失した。

観音正寺が位置する繖山には、室町時代以来近江国南半部を支配した佐々木六角氏の居城である観音寺城があり、寺は佐々木六角氏の庇護を得て栄えた。観音寺城は永禄11年(1568年)、織田信長の軍勢に攻められて落城。数年後には佐々木六角氏所縁の観音正寺も焼き討ちに遭い、全焼した。再興されたのは慶長年間(1596年 - 1615年)のことである。

観音正寺の本堂は平成5年(1993年)に失火で焼失した。交通の不便な山中にある寺院のため、消火活動もままならず、重要文化財に指定されていた本尊千手観音立像も焼失した。現在ある木造入母屋造の本堂は平成16年(2004年)に再建されたものである。新たに建立された本尊千手観音坐像は仏師松本明慶の作。旧本尊が1メートル足らずの立像であったのに対し、像高3.56メートル、光背を含めた総高6.3メートルの巨大な坐像である。像はインドから輸入した23トンもの白檀を素材に作られている。白檀は輸出禁制品であったが、観音正寺の住職が、20数回インドを訪れ、たび重なる交渉の後、特例措置として日本への輸出が認められたものであるという。   

所在地 編集

  • 滋賀県近江八幡市安土町石寺2番地

交通 編集

  • JR琵琶湖線東海道本線能登川駅から、近江鉄道バス八日市駅行にて、観音寺口下車徒歩50分(山道)
  • JR琵琶湖線(東海道本線)安土駅から徒歩90分(途中より山道)
    • この他、第31番札所の長命寺 - 安土駅 - 観音正寺表参道口を結ぶ臨時バスが運行されることがある。観音正寺表参道口からだと徒歩40分(山道)である。

隣の札所 編集

西国三十三箇所
31 長命寺 -- 32 観音正寺 -- 33 華厳寺

外部リンク 編集

テンプレート:Commons

関連項目 編集

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