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岩本寺いわもとじ
所在地 高知県高岡郡四万十町茂串町3-13
位置 テンプレート:ウィキ座標2段度分秒
山号 藤井山
宗派 真言宗智山派
本尊 不動明王 聖観世音菩薩 阿弥陀如来 薬師如来 地蔵菩薩
創建年 伝・天平年間(729年 - 749年
開基 伝・行基聖武天皇(勅願)
正式名 藤井山 五智院 岩本寺
札所等 四国八十八箇所37番

岩本寺(いわもとじ)は、高知県高岡郡四万十町にある真言宗智山派寺院。藤井山(ふじいざん)、五智院(ごちいん)と号す。本尊は不動明王、聖観世音菩薩、阿弥陀如来、薬師如来、地蔵菩薩の五仏。四国八十八箇所霊場の第三十七番札所である。

前後の札所、36番青龍寺および38番金剛福寺との距離が遠く、四国八十八箇所巡礼遍路は当寺で一泊することが多かった。空海(弘法大師)の七不思議伝説が伝わる。

本尊真言:おん あみりた ていぜい からうん/ おん ころころ せんだりまとうぎ そわか/おん あろりきゃ そわか/ おん かかかびさんまえい そわか/ のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたら たかんまん

ご詠歌:六つのちり 五つの柱 あらわして 深き仁井田の 神のたのしみ

歴史 編集

寺伝によれば天平年間(729年 - 749年)に聖武天皇の勅命を受け行基が開創した七福寺が起源であるという。弘仁年間(810年 - 824年)に空海(弘法大師)が五社・五寺からなる福円満寺へと発展させ、五社寺にそれぞれ本尊を安置したという。

天正年間(1573年 - 1592年)に兵火によって焼失するが、一条氏によって再興し現在の名称に改められる。明治初期には廃仏毀釈により廃寺となるが、明治22年(1889年)に復興され、現在に至る。

境内 編集

山門(仁王門)を入ると左に手水場、右手に聖天堂、鐘楼があり、正面右手に本堂が建つ。本堂の左には水天宮、鐘楼の奥に大師堂がある。山門を背に左手に庫裏と納経所がある。境内の裏手には土佐くろしお鉄道の線路が通り、参拝中に列車の姿を見ることができる。

  • 宿坊:定員50名
  • 駐車場:15台、4台。

交通案内 編集

鉄道
バス
道路

元札所 編集

高岡神社(仁井田明神)

「高岡神社(五社)の由来記」より抜粋

伊予国の豪族河野氏の子孫が一族の争いから逃れ、仁井田郷(今の四万十町)に来往し、土豪の井仁の翁と共に一帯の土地を開き、安住の地とした。そして、祖神を祀ったのが仁井田大明神で、仁井田郷の総鎮守の神社とした。
天長3年空海(弘法大師)が四国霊場札所として境内に福円満寺を創建し五つの社に分け、一の宮に不動明王、二ノ宮に観世音菩薩、三ノ宮に阿弥陀如来、四ノ宮に薬師如来、五ノ宮に地蔵菩薩を祀り神仏習合の五社大明神とした。

明治初年の神仏分離により本尊が岩本寺に移された。現在の社殿は向かって右から東大宮、今大神、中宮、今宮、森之宮の五社となっている。

奥の院 編集

ファイル:Iwamotoji 09.JPG
矢負い地蔵
岩本寺大師堂が奥の院の矢負い地蔵堂を兼ねている。その昔、この地に信心深い猟師がいた。獲物が見つからず、これ以上の殺生は無益と思い自分の胸をその矢で射た。妻に起こされ、傍らを見ると矢の刺さったお地蔵様が倒れていた。身代わりとなった地蔵菩薩をこの寺に手厚く祀ったという伝説がある。

前後の札所 編集

四国八十八箇所
36 青龍寺 --(58.5km:横波スカイライン経由)-- 37 岩本寺 --(80.7km)-- 38 金剛福寺

参考文献 編集

  • 四国八十八箇所霊場会 編 『先達教典』 2006年
  • 宮崎建樹 著 『四国遍路ひとり歩き同行二人』地図編 へんろみち保存協力会 2007年(第8版)
  • 同 解説編 2007年(第7版)

関連項目 編集

テンプレート:Commons

外部リンク 編集

テンプレート:Buddhism-stub

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