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妙音寺
所在地 香川県三豊市豊中町上高野1986番地
位置 テンプレート:ウィキ座標2段度分秒
山号 七宝山
宗派 真言宗大覚寺派
本尊 阿弥陀如来(国重要文化財)
創建年 伝・白鳳5年(7世紀後半)
開基 不詳
中興年 正徳年間(1711年 - 1716年
中興 旭応
正式名 七宝山 宝積院 妙音寺
別称 宝積院
札所等 四国八十八箇所70番奥の院
新四国曼荼羅霊場19番
四国三十六不動30番
さぬき三十三観音18番
文化財 阿弥陀如来坐像(国重要文化財)
出土古瓦(県有形文化財)

テンプレート:Commons 妙音寺(みょうおんじ)は香川県三豊市豊中町に所在する寺院。宗派は真言宗大覚寺派。山号は七宝山。詳しくは、七宝山 宝積院(ほうしゃくいん) 妙音寺[1]と号する。本尊は阿弥陀如来(国の重要文化財)。四国八十八箇所第七十番札所本山寺奥の院、新四国曼荼羅霊場第十九番札所、四国三十六不動尊霊場第三十番札所、さぬき三十三観音霊場第十八番札所。

御詠歌:讃州の 宝を積みて たつ寺の 末の世まで 利益残せり

概要 編集

寺伝によれば、飛鳥時代天武天皇治世の白鳳5年(665年または676年)に創建されたと言われ、讃岐国最古の寺院の一つと伝えられる。 平安時代初期の弘仁年間(810年 - 824年嵯峨天皇の勅願所となり、空海(弘法大師)によって現在の寺号となったと伝えられている。

戦国時代に入り天正2年(1574年長宗我部元親軍の侵攻により伽藍は火災に遭った。この時、本尊の阿弥陀如来は自ら雨を降らせて難を逃れたと伝わっている。 天正の戦火で寺院は荒廃した。その後、江戸時代中期の正徳年間(1711年 - 1716年)旭応阿闍梨によって復興された。また、寛政年間(1789年 - 1801年)に清雅恵洞和尚が伽藍を整備した。

当寺院に祀られている不動明王は霊験不動尊と言われ、祈念すると夢の中でお告げがあると言われることから、別名「夢見不動」とも呼ばれている。

境内には交通事故犠牲者の霊を祀る聖観音立像があり、これは彫刻家北村西望が監修して製作されたものである。

文化財 編集

重要文化財(国指定)編集

  • 木造阿弥陀如来坐像
ヒノキの寄木造、箔。像高232cm。平安時代後期の作と推定される。大正8年(1919年)8月8日指定。

香川県指定有形文化財編集

  • 妙音寺出土古瓦
境内周辺から発掘された飛鳥時代のものと推定される瓦である。妙音寺創建時の瓦は宗吉瓦窯で焼かれ、この瓦窯で藤原京の瓦も製造された。「十一葉素弁蓮華文軒丸瓦」と「単弁蓮華文方形棰(たる)先瓦」の2種が出土した。昭和48年(1973年)5月12日指定。

前後の札所 編集

四国八十八箇所
70 本山寺 --(2km)-- 70番奥の院 妙音寺 --(13.1km)-- 71 弥谷寺
新四国曼荼羅霊場

18 善性院 ---- 19 宝積院 ---- 20 延命院

四国三十六不動尊霊場

29 明王寺 ---- 30 妙音寺 ---- 31 御盥山不動坊

さぬき三十三観音霊場

17 満願寺 ---- 18 宝積院 ---- 19 覚城院

参考文献編集

  • 香川県の歴史散歩編集委員会/編 『新版 香川県の歴史散歩』 山川出版社/刊 1996年 139ページ
  • 宮崎建樹/著 『四国遍路ひとり歩き同行二人』地図編 へんろみち保存協力会/刊 2010年(第9版)
  • 同 解説編 2007年(第7版)
  • 現地説明板

関連項目編集

注釈 編集

  1. 寺院の名称は境内に立てられている文化財説明板の記載に基づく。

外部リンク編集

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