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天皇寺
所在地 香川県坂出市西庄町字八十場1713番地2
位置 テンプレート:ウィキ座標2段度分秒
山号 金華山
宗派 真言宗御室派
本尊 十一面観世音菩薩
創建年 弘仁年間(810年-824年)
開基 空海(弘法大師)
正式名 金華山天皇寺高照院
札所等 四国八十八箇所79番

天皇寺(てんのうじ)は、香川県坂出市西庄町にある寺院。宗派は真言宗御室派で、本尊十一面観世音菩薩山号を金華山、院号を高照院と称し、天皇寺高照院とも呼ばれる。四国八十八箇所霊場の第七十九番札所。境内は崇徳上皇を祀る白峰宮に隣接し、元は白峰宮の神宮寺であった。

本尊真言:おん まか きゃろにきゃ そわか

ご詠歌:十楽の 浮世の中を たづぬべし 天皇さへも さすらひぞある

歴史 編集

伝承によれば、古代に南海の大魚を退治しに向かった讃留霊王[1]ら88人の兵士が大魚に船を呑まれて倒れたとき、横潮明神が泉の水を持ってあらわれ、その水を兵士に飲ませた。すると、全員が命を吹き返して助かったという。それからこの泉は「八十場(やそば)の霊水」と呼ばれるようになったという。

その後空海(弘法大師)が八十場の泉を訪れたとき、十一面観音阿弥陀如来愛染明王の三尊像をつくって堂を建て安置したといい、また、薬師如来を刻んで安置して、泉を閼伽井としたのが起源であるという。当初は摩尼珠院妙成就寺(まにしゅいん みょうじょうじゅじ)と称したという。

寺号の「天皇」は崇徳上皇に因むものである。保元の乱で敗れた崇徳上皇は讃岐国阿野郡西庄村に配流となり、長寛2年(1164年)そこで死去した。上皇の亡骸の処遇をめぐって、京から返事の使者を待つあいだ、遺骸をこの八十場の霊泉に浸したところ、21日間すぎたのちも、上皇の顔はまるで生きているごとくだったという。やがて上皇は荼毘に付され、妙成就寺と並んで建てられた白峰宮に祀られた。このことから妙成就寺は「天皇寺」と呼ばれるようになり、白峰宮は「天皇さん」と愛称で親しまれるようになった。そして、このあたりを「天皇」という地名で呼ぶようになった。しかし、恐れ多いので「八十場の霊水」から名をとり、現在は「八十場」と呼んでいる。

摩尼珠院妙成就寺は、明治初年の神仏分離令によって廃寺となった。その後末寺の高照院が移転してきて七十九番札所を引き継いだものである。

伽藍 編集

交通アクセス 編集

鉄道
道路

奥の院 編集

摩尼珠院は廃寺となっている。

前後の札所 編集

四国八十八箇所
78 郷照寺 --(5.9km)-- 79 天皇寺 --(6.6km)-- 80 国分寺

参考文献 編集

  • 宮崎建樹『四国遍路ひとり歩き同行二人』地図編 へんろみち保存協力会 2007年(第8版)

脚注 編集

  1. 日本武尊の弟であるとも、日本武尊の子であるとも言われる。また、この伝承は日本武尊自身が退治に向かったという話もある

関連項目 編集

テンプレート:Commonscat

  • 水曜どうでしょう - 同番組の四国八十八ヶ所を回る企画の際、この寺で原因不明の機材の故障が発生、「怪奇現象」ともされた。
  • 四国R-14 - 上記の現象が元となって制作されたドラマ。
テンプレート:Buddhism-stub

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