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大蓮寺
所在地 愛媛県松山市東方町甲902-1
位置 テンプレート:ウィキ座標2段度分秒
山号 青岸山
宗派 真言宗豊山派
本尊 十一面観音
札所等 伊予十三佛1番

大蓮寺(だいれんじ)は愛媛県松山市に所在する寺院である。山号は青岸山。宗派は真言宗豊山派。本尊は十一面観世音菩薩伊予十三佛霊場第一番札所(不動明王)。境外仏堂として、四国八十八箇所番外札所の小村大師堂(通称・札始大師堂)がある。

概要 編集

江戸時代より東方村、中野村、小村の総祈祷所となっていた。明治時代には東方町の中心部にあったため町役場となっていた時期もあった。

明治から昭和初期の俳人河東碧梧桐が滞在したことがある。山門脇に碧梧桐の「山川草木悉有仏性(さんせんそうもくことごとくぶっしょうもあり)」の碑が建っている。

画像 編集

小村大師堂編集

小村大師堂
所在地 愛媛県松山市小村町41
位置 テンプレート:ウィキ座標2段度分秒
宗派 真言宗豊山派
寺格 大蓮寺境外仏堂
本尊 弘法大師
別称 札始大師堂
札所等 四国八十八箇所番外

小村大師堂(こむらだいしどう)は、大蓮寺の境外仏堂である。通称を札始大師堂(ふだはじめだいしどう)といい、四国八十八箇所番外札所となっている。本尊は弘法大師

御詠歌:ありがたや 伊予の小村の 札はじめ 大師の光り あらたなりけり

四国巡礼の始祖と言われる伝説上の人物である衛門三郎が、弘法大師の後を追って旅に出た。荏原郷を出て小村の中州にやって来ると、の大木の下にお堂を見つけた。ここに弘法大師の像があるのを見つけた。衛門三郎は大師像に何度も詫び、ここで一夜を明かした。翌朝、出立の際に木を削いで札を作り、自分の名を記してお堂に納めたという伝承がある。これが納札の始まりと言われており、このお堂は札始大師堂と呼ばれるようになった。

上記、衛門三郎の伝承は、弘法大師が来るのを待ちつつ一夜を明かし、朝になって紙に自分の住所と名前を書いてお堂に貼って出立したとも言われている。

このお堂にあった松の大木については、3代目と言われる老松があったが昭和17年(1942年)の台風で倒れた。

参考資料編集

  • 『四国遍路ひとり歩き同行二人・解説編』 2007年2月発行(第7版) 宮崎建樹/編
  • 『小村大師堂』 現地配付資料

テンプレート:Buddhism-stub

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