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伊予国分寺
所在地 愛媛県今治市国分4-1-33
位置 テンプレート:ウィキ座標2段度分秒
山号 金光山
宗派 真言律宗
本尊 薬師瑠璃光如来
創建年 天平勝宝8年(756年)以前
開基 伝・行基
正式名 金光山 最勝院 国分寺
札所等 四国八十八箇所59番
文化財 伊予国分寺塔跡(国の史跡)

テンプレート:Commons 伊予国分寺(いよこくぶんじ)は、愛媛県今治市国分に位置する真言律宗の寺院。金光山(こんごうざん)、最勝院(さいしょういん)と号す。本尊は薬師瑠璃光如来(薬師如来)。四国八十八箇所霊場の第五十九番札所。札所寺院としては、単に「国分寺」と称するのが通例である。

本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか

ご詠歌:守護のため 建ててあがむる 国分寺 いよいよ恵む 薬師なりけり

歴史 編集

天平13年(741年)、聖武天皇が発した国分寺建立の詔によって建立された諸国国分寺の一つである。寺伝では聖武天皇の勅願により行基が開創し、後に空海(弘法大師)が長期にわたって逗留し五大明王像を残したとされる。

史実としては、具体的な創建年は定かでないが、『続日本紀』には天平勝宝8年(756年)、伊予国を含む26か国の国分寺に仏具等を下賜したとの記載があり、この頃には完成していたものと思われる。

長宗我部元親の侵攻の際に焼き討ちにあって荒廃したが、後に再興される。焼き討ちの際に焼失を免れた多くの古文書によって律令制衰退後に国分寺の多くが荒廃していく中で同寺が伊予における仏教信仰の中心地として曲がりなりにも維持されてきたことが明らかになっている。

現在の境内は伊予国府のあった所とされ、かつての境内は東へやや離れた位置にあったとされる。寺の東方100メートルほどのところに塔の礎石が残されており、かつての国分寺東塔跡と認められている。

境内 編集

  • 本堂寛政元年(1789年)に再建されたもの。
  • 大師堂
  • 鐘楼
  • 毘沙門堂
  • 書院:奈良時代から平安時代初期にかけての寺宝や文化財、旧国分寺からの出土品を保存している。
  • 握手修行大師像
  • 七福神石仏
  • 薬師如来の薬壺

数段の石段を上って石柱門を入ると境内である。すぐ左に手水場があり、右には薬師如来の薬壺、握手修行大師像があり、正面に本堂が建つ。本堂の右側に大師堂があり、左に書院、納経所がある。

  • 宿坊:なし
  • 駐車場:10台。大型3台。

文化財 編集

  • 「伊予国分寺塔址(跡)」(いよこくぶんじとうあと)は現境内の東方にある。1921年(大正10年)3月3日、国の史跡に指定されている。管理団体は今治市(大正11年5月23日)。
  • 薬師如来像:愛媛県指定文化財

交通案内 編集

鉄道
バス
道路

前後の札所 編集

四国八十八箇所
58 仙遊寺 --(6.1km)-- 59 国分寺 --(27.0km)-- 60 横峰寺

参考文献 編集

関連項目 編集

外部リンク 編集

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